近年、デジタルカメラの性能向上と共に、オールドレンズを使用する人が増えています。
オールドレンズとは、フィルムカメラ全盛期に作られたレンズのことを指します。
オールドレンズは現代のレンズとは異なる独特の描写を持ち、それが魅力となっています。
オールドレンズブームの中でも特に人気が高いのが、ソ連時代に製造されたHelios(ヘリオス)レンズシリーズです。
中でも「Helios 44M 58mm F2.0」は、58mmの標準レンズながら、開放F値2.0という明るさを誇り、ポートレートを中心に幅広いシーンで活躍します。
Helios(ヘリオス)の歴史
第二次世界大戦中、ソ連軍がドイツに侵攻した際、カール・ツァイスの工場と技術者を接収しました。
その後、1950年代からソ連で製造が始まったのが「HELIOS 44」シリーズです。
このシリーズはカール・ツァイスの「Biotar」の設計をベースに開発され、製造年代により大きく4種類のタイプに分けられます。
4種類のHelios(ヘリオス)
Helios44 58mm F2
「ZENIT」というカメラ用のレンズとして最初に開発されたモデルで、初期型と後期型が存在します。
初期型はZENIT/M39マウントを採用しています。
現在のカメラで使用するには、変換リングでサイズを変えた上にM42マウントアダプターを使う必要があるため、初心者にはオススメできません。
一方、後期型はM42マウントを採用しています。
自動絞り機構というリングで絞りを開放と撮影絞りに切り替える機構を備えています。
これは、実際の撮影絞りにするとファインダーが暗くなり見えにくくなるのを防ぐために設けられました。
ただし、ピント合わせのために開放にしたまま切り替えるのを忘れて撮影すると、オーバー露光になってしまうので注意が必要です。
Helios44-2 58mm F2
一般的に「Helios(ヘリオス)」と言えば、このモデルを指すことが多いです。
メディアでも頻繁に紹介されるため、使用者も多いのではないでしょうか。
流通量が多く、比較的安価に入手できるのも魅力です。
M42マウントで統一されているため、選ぶ際はレンズのコンディションだけをチェックすればよいです。
Helios44M 58mm F2
このモデルから、自動絞り機構をオートかマニュアルかで選択できるスイッチが追加されました。
これにより、マウントアダプターを使用する場合でも、面倒な絞り操作をせずに撮影できるようになりました。
私がこのモデルを購入した理由もここにあります。
特にポートレートなど、絞りを変える時間がシャッターチャンスを逃す原因になりかねない状況では、このモデルがオススメです。
Helios44M-4
このモデル以降、自動絞りの切替スイッチが廃止された代わりに、レンズボディー側についているピンを押すことで自動絞りをオフにできるようになりました。
そのため、マウントアダプターを必要とするカメラで使用する場合は、ピンを押した状態に固定できるアダプターを選ばなければなりません。
Helios 44M 58mm F2.0
基本スペック
「Helios 44M 58mm F2.0」は、1970年代から80年代にかけてソビエト連邦で製造されたレンズです。
光学設計はドイツの名門Carl Zeiss Jenaの「Biotar 58mm F2」をベースにしており、4群6枚のダブルガウス型を採用しています。主なスペックは以下の通りです。
- 焦点距離:58mm
- 絞り羽根枚数:8枚
- 最大口径比:1:2
- 最小絞り:F16
- 最短撮影距離:0.5m
- フィルター径:52mm
- マウント:M42ネジ込み式
- 重量:約270g
コンパクトながらも重厚感のある真鍮製の鏡筒に、クラシカルなデザインが特徴的です。
現代のミラーレスカメラでも、M42マウントアダプターを介して使用することができます。
ツァイスBiotarレンズがベース
ドイツの名門光学メーカー、Carl Zeiss Jenaが戦前に開発したBiotar 58mm F2レンズの光学設計をベースにしています。
第二次世界大戦後、ソビエト連邦はドイツから光学技術を導入し、Biotarレンズの設計図を入手しました。
これをもとに、ソ連の光学メーカーであるKMZ(クラスノゴルスク機械工場)が生産を開始したのです。
「Helios 44M 58mm F2.0」は、Biotarと同じ4群6枚のダブルガウス型光学系を採用しています。
ダブルガウス型は、像面の湾曲や収差を抑えつつ、大口径を実現できる設計で、標準レンズに適しています。
「Helios 44M 58mm F2.0」は、Biotarの特徴を受け継ぎながらも、ソ連の技術者たちによって改良が重ねられ、独自の個性を持つレンズへと進化を遂げました。
ソ連時代に大量生産された経緯
生産は1950年代後半に始まり、1990年代まで続きました。
ソ連では、国営の光学メーカーが計画経済のもと、大量生産体制を敷いていました。
KMZ以外にもMMZ(ミンスク機械工場)やValdai、BeLOMO(ベロルーシア光学機械合同)など、複数の工場で生産されました。
特に1970年代以降、「Helios 44M 58mm F2.0」の生産数は飛躍的に増大します。
ソ連製一眼レフカメラ「Zenit(ゼニット)」のキットレンズとして大量に供給されたほか、東欧諸国を中心に輸出も盛んに行われました。
「Helios 44M 58mm F2.0」は世界で最も生産されたレンズの一つとも言われ、半世紀にわたって愛され続けた、まさにソ連が誇る名玉なのです。
特徴
開放F2での独特のボケ味「ぐるぐるボケ」の魅力
「Helios 44M 58mm F2.0」の最大の魅力は、開放F2で撮影した際に生まれる独特の「ぐるぐるボケ」です。
このレンズは、ソ連時代に設計されたツァイスBiotarの光学系を受け継いでおり、像面周辺部の収差によって、ボケ味に渦巻き状の歪みが生じます。
このぐるぐるボケは、被写体から数メートル離れ、背景が10メートル以上離れている時に最も顕著に現れます。
ボケ球が渦を巻くように回転し、幻想的な雰囲気を演出してくれるのです。
開放F2からF2.8あたりまでの絞りで、このぐるぐるボケを楽しむことができます。
柔らかく優しい描写とレトロな雰囲気
現代レンズとは一線を画す柔らかな描写が特徴です。
解像力を追求したデジタルレンズと比べると、コントラストはやや低めで、ディテールの描写力も控えめです。
しかしその分、被写体の質感を優しく表現し、ノスタルジックで夢見るようなイメージを作り出します。
特にポートレート撮影において、この特性は大きな魅力となります。
人物の肌をきめ細やかに描写しつつ、現代的な切れ味を抑えることで、温かみのある写真に仕上げることができるのです。
コントラストは強くないが、味のある写り
ソ連レンズに共通する、やや冷たく落ち着いた色調で描写します。
コントラストも穏やかで、ディジタルカメラで撮ると画像が平面的に感じられることもあります。
しかしこれも持ち味の一つと言えるでしょう。
彩度の高いフィルムを使ったり、現像時に調整を加えることで、このレンズならではの味わい深い写真世界を表現できます。
ローコントラストでありながら、被写体の存在感をしっかりと捉える。それが「Helios 44M 58mm F2.0」の美学なのです。
各部の説明とスペック
真鍮製レンズ鏡筒の高級感あるデザイン
「Helios 44M 58mm F2.0」の鏡筒は、真鍮製で作られています。
真鍮は、銅と亜鉛の合金で、耐食性に優れ、経年変化によって独特の風合いを生み出します。
真鍮鏡筒は、重厚感があり、手に取った瞬間に高級感を感じさせてくれます。
レンズ本体には、ソ連時代のレンズらしい、クラシカルなデザイン。
絞り値や距離目盛りは、レンズ鏡筒に刻印されており、現代レンズにはない味わい深い佇まいを見せてくれます。
この真鍮製鏡筒の質感と重みが、魅力の一つと言えるでしょう。
M42マウントで最新のカメラでも使用可能
M42マウントを採用しています。
M42マウントは、ネジ込み式のマウント規格で、1940年代から70年代にかけて、多くのカメラメーカーに採用されました。
現在でも、M42マウント用のアダプターを使うことで、ソニーEマウントやキヤノンEFマウント、ニコンZマウントなど、様々なミラーレスカメラで使用することができます。
デジタルカメラの高感度性能と、「Helios 44M 58mm F2.0」の個性的な描写を組み合わせることで、オールドレンズならではの写真表現を楽しむことができるのです。
プリセット式絞りの使い方
プリセット式絞りを採用しています。
これは、撮影時の絞り値を事前にセットしておく方式です。
絞りリングを回して任意の絞り値に合わせ、その位置でプリセットリングをロック。
これにより、ピント合わせは開放F2で行いつつ、撮影時には予めセットした絞り値で露光することができます。
プリセット式絞りは、現代のカメラに搭載されている自動絞り機構とは異なり、やや使い勝手が悪いのが難点。
しかし、レンズ本来の描写を引き出すためには、この絞り方式に慣れることが必要不可欠と言えます。
プリセット式絞りの操作感は、「Helios 44M 58mm F2.0」の味わいの一部なのです。
作例写真
ポートレート撮影における「Helios 44M 58mm F2.0」の魅力
ポートレート撮影において独特の魅力を発揮します。
開放F2での撮影では、被写体の肌をきめ細やかに描写しつつ、背景を美しくぼかすことができます。
特に、中心部分の被写体に焦点を当て、周辺部をやわらかくぼかすことで、ドリーミーで幻想的な雰囲気を演出できるのです。
また、「Helios 44M 58mm F2.0」の持つ低コントラストな描写は、ポートレートにおいて肌の質感を優しく表現してくれます。
現代的なシャープさを抑えることで、被写体の柔らかさや温かみを引き出し、ノスタルジックで品のある写真に仕上げることができるでしょう。
風景写真での柔らかなニュアンスの表現力
風景写真撮影においても独特の表現力を発揮します。
そのやわらかな描写は、風景の持つニュアンスを巧みに表現してくれるのです。
コントラストを抑えめにすることで、空気感や光の柔らかさを写真に込めることができます。
また、「Helios 44M 58mm F2.0」は解像力を追求したレンズではありませんが、むしろそれが風景表現の味わいになります。
ディテールを細部まで描写するのではなく、風景全体の雰囲気や印象を大切にした写真を撮ることができるでしょう。
独特のボケ味を活かした創造的な写真表現
最も知られているのは、そのユニークなボケ味です。
「ぐるぐるボケ」とも呼ばれるように、ボケ味が渦を巻くように回転する様子は、他のレンズでは見られない特徴と言えます。
この独特のボケ味は、写真表現の幅を大きく広げてくれます。
ポートレートで背景をドリーミーに表現したり、風景写真で非日常的な雰囲気を演出したりと、様々な被写体で創造的な写真作品を生み出すことができるでしょう。
「Helios 44M 58mm F2.0」のボケ味は、写真家の感性と組み合わさることで、唯一無二の表現を可能にしてくれるのです。
現代に通用するオールドレンズ
低価格で手に入る優れた写真表現ツール
「Helios 44M 58mm F2.0」は、現在でも比較的安価に入手できるオールドレンズの一つです。
50mmクラスの単焦点レンズとしては、かなりお手頃な価格帯で購入可能。
しかし、その写真表現力は現代レンズに引けを取りません。
独特のボケ味や柔らかな描写は、高価な現代レンズでは得られない魅力があります。
写真表現の幅を広げてくれる優れたツールと言えるでしょう。
ポートレートや風景など、様々なシーンで個性的な写真を撮影できます。
プロの写真家が愛用するのも納得の性能。
手頃な価格で、プロ級の表現力を手に入れられるのは大きな魅力と言えます。
デジタル写真とは一味違う写真表現が可能
現代のデジタルカメラとレンズは、シャープで緻密な描写へと進化しています。
しかし、そこには味気なさや没個性さを感じる人も多いのではないでしょうか。
オールドレンズは、現代レンズとは一線を画す写真表現を可能にします。
「Helios 44M 58mm F2.0」は、ディテールを極端に描写するのではなく、被写体の質感や雰囲気を巧みに表現します。
コントラストを抑え、ほんのり色あせたようなレトロな色調も魅力です。
デジタル写真では味わえない、アナログフィルムのようなノスタルジックな世界観を写し出せるのです。
オールドレンズの面白さを再発見できる
「Helios 44M 58mm F2.0」を使うことで、オールドレンズの面白さを再発見できるでしょう。
マニュアルフォーカスやプリセット絞りなど、現代レンズにはない操作感は新鮮です。
被写界深度をリアルタイムで確認しながら絞りを調整したり、ピントを自分の手で合わせたりと、撮影者が能動的に関わる楽しさがあります。
また、作例を見ると、「Helios 44M 58mm F2.0」ならではのボケ味の妙や柔らかなタッチに驚かされます。
現代レンズでは感じられない、レンズ設計者の感性や哲学を垣間見る思いがするかもしれません。
オールドレンズの魅力を通して、写真表現の可能性を広げる喜びを感じられるはずです。
まとめ
独特の世界観の魅力を再確認
「Helios 44M 58mm F2.0」は、ソ連時代に生み出された名玉レンズです。
ツァイスBiotarの光学設計を受け継ぎながらも、ソ連の技術者たちの手によって独自の個性を持つレンズへと進化を遂げました。
開放F2での撮影では、「ぐるぐるボケ」と呼ばれる独特の背景ボケを生み出します。
これは球面収差によるもので、幻想的な雰囲気を演出してくれる「Helios 44M 58mm F2.0」ならではの表現です。
また、柔らかく優しい描写やレトロな色調も、このレンズの大きな魅力と言えるでしょう。
コントラストは抑えめですが、被写体の存在感をしっかりと捉えます。
ポートレート撮影において、肌の質感を美しく表現してくれるのも「Helios 44M 58mm F2.0」の特徴です。
このように、現代レンズとは一線を画す独特の世界観を持っています。
デジタル写真の時代にあって、アナログフィルムのようなノスタルジックな写真表現を可能にしてくれる、まさに「オールドレンズの王道」とも言うべき一本なのです。
オールドレンズの楽しみ方を提案
オールドレンズは、私たちに新しい写真表現の可能性を提示してくれます。
「Helios 44M 58mm F2.0」のような個性的なレンズを手にすることで、誰もが自分だけの写真の世界を切り拓いていくことができるのです。
オールドレンズの楽しみ方はいろいろありますが、まずはレンズの特性を知ることから始めましょう。
開放からボケの変化を観察したり、フレアやゴーストを意図的に取り入れたり。
レンズと対話するようにして撮影することで、その魅力を最大限に引き出していきます。
そしてマニュアルフォーカスやプリセット絞りなど、オールドレンズ特有の操作感を味わうのもおすすめです。
撮影者自らがレンズに働きかけ、自分の思い描いた写真を生み出していく。
そこには能動的に写真と向き合う喜びがあります。
オールドレンズは、私たちを写真表現の新たな地平へと誘ってくれる、頼もしい相棒です。
ぜひ「Helios 44M 58mm F2.0」を手にして、オールドレンズの奥深い世界を体験してみてください。
レンズが紡ぎだす、唯一無二の写真物語があなたを待っているはずです。